確かにすごい話ではある。初めに聞かされた時は私だって大層驚いた。
ただ、どんな派手な話も繰り返し聞かされれば飽きるのが人というものだ。
千鳥の香炉と呼ばれるそれを大事そうに小脇に抱え、酒をあおる姿ももう見飽きてしまった。

それでも彼の口は閉じることを忘れてしまったかのように言葉を生み出す。
繰り返し、繰り返し、同じことばかり。
視線を落とし、溜め息に似た相槌を打っている私に気付く様子もない。


「さっきから、太閤はん、太閤はん、太閤はん…」

聞こえるか聞こえないかの小さな声で呟いた。
彼は相変わらず、秀吉の処から盗み出したという、傍らの香炉を愛しそうに撫でている。
はあ、と息を吐いて狭い部屋の中を見回した。長屋の住人たちはもう眠りについた頃だろうか。
いつものようなにぎやかな話し声も、今夜は聞こえてこなかった。
酌をする手を止める。隣の彼をちらりと睨みつけた。

「なあ、五右衛門様?」

自分でも寒気がする程、穏やかで優しげな声だった。
顔いっぱいに笑みを浮かべた、だらしのない笑顔で彼がこちらを振り返る。

「いや、阿国さん、ここからがすごいとこで」
「そんなにお猿の太閤はんがお好きどすか」

口を尖らせ、眉間に皺を寄せて、顔をぐいと近づけた。
え、という声と共に吐き出される息がなんとも酒くさい。
徳利を放り投げ、彼の頬を両手で挟むように叩くと、ばちん、と乾いた音が響いた。
彼が思わず目を瞑る。その隙に立ち上がり

「もう知らん!」

そう吐き捨てて部屋を出た。

のしのしという音でも聞こえてきそうな足取りで、路地を歩く。

彼が自慢気に話す泥棒話が嫌いなわけではない。むしろそれ自体は好きなのだ。
けれど、それがもう三日続いている。三日も通い詰めているのに、彼はその話しかしない。
泥棒話なら他にする相手も沢山居るだろう。甘い言葉が欲しいだなんて我が儘を言うつもりはない。
ただ、私は、私としか出来ない話をして欲しかった。

自分は特別な存在なのだと思っていたのは私だけだったのだろうか。
彼にしてみれば私も、その他大勢のうちの一人でしかなかったのだろうか。

「うちばっかり好きなんやろか…あの人は、なんとも思ってへんのと違う?」

深い闇の中にぽっかりと浮かぶ月に問い掛けた。
二日前にかけ始めていた月は、それでもまだふくよかな姿で足下を照らしてくれていた。
彼の笑顔が脳裏に浮かんだ。顔中に溢れて、零れて、周りに伝染する大きな笑み。
自分の身体を支えるように腕を回し、大きく息を吸い込んだ。

目眩がする。胸の辺りが別の生き物のようにどくんどくんと音を立てていた。


「阿国さあん」


その場にうずくまっていると、遠くで長く伸びる声が聞こえた。
私の名前を呼んでいる、あれは、きっと彼の声だ。
あんな態度で飛び出してきた私を、探してくれているのだろうか。

「も、少しだけ、期待しとってええかしら……なあ、お月はん、あの人もきっと」

聞き慣れた声が、また、聞こえる。目頭が熱くなった。唇も、頬も、震えが止まらない。
肩を抱くように組んだ腕に、顔を埋めて呟いた。

「うちのこと好きやね……?」




ひぐらし の弓様から3万ヒットリクエスト企画小説として頂きました!
リクは五阿でヤキモチ焼く阿国さん、でした(マニアック!!)
も、もう素敵過ぎる五阿で拙者大興奮…!!意味も無くでんぐり返しとかしちゃう所存!(萌え過ぎて/気味が悪い)
女心が全く解ってない五右衛門ちゃんと五右衛門大好き過ぎて香炉に嫉妬する阿国さんが本当堪りません…!
弓様のしっとりと穏やかで、場の時間が一秒一秒流れていくのを感じられる文章が大好きです!
もう皆さん四の五の言わずに↑から行かれると良い素敵なさなくのとか半稲とか市受けとか男女カプ小説がぎっしりマジ堪らん!
本当に有り難う御座います有り難う御座います!勇気出してリクエストして良かった…!(涙)
2006/4/13.