頼む!動けんわしの代わりにどうか助けてやって欲しいんだぎゃ



もうあんたにしか頼めねぇんだ、どうかあいつの力になってやって欲しい



選んでしまった私に出来る事はもう殆ど無い…どうか…どうか弟を、頼む





別に頼まれたからって訳じゃない








使







少し行儀悪く寝転んで眼を細めて眺めていたら、自分の羽織を掴んで傍へ寄ってきた



幸村「孫市殿、風邪引きますよ。」



静かに寄ってきて囁きながらゆっくり羽織を掛けてくれた

転寝していると思っての配慮が嬉しい



孫市「ん…大丈夫、起きてる。」



姿勢はその壗で肩に乗る幸村の手を握る

こいつの傍に居ると本当に和む

振りまく空気の穏やかさと暖かさはずっと変わらない
とても蟄居を命ぜられた受刑者とは思えない






紀州高野山へ流された事を聞いた俺は

一も二も無く駆け付けた

矢張り最初は見張りの目も頑丈だったが、其処は勝手知ったる我が領地

抜け道は幾らでも有る




幸村「何と…無茶な事を。」



心底呆れたと言った風情の幸村を久しぶりに見れば

短袴と小袖を托し上げ、腕も脚も泥だらけで野良仕事の真っ最中

意外な逞しさと図太さを目の当りにし、事態を深刻に考えていた俺は拍子抜けした

そんな俺の顔が可笑しいと言って笑いだした幸村の笑顔は、ついぞ変わらず一先ず安心出来たのだった

秀吉の所に野暮用があって訪れた時が初見だった

少し長めの黒髪

伏し目がちだったにも関わらず強い光が籠もった瞳

生真面目に引き結んだ薄い唇

秀吉の隣に鎮座する新しい部下に対して、ほんの少しだけ興味を持った

少なくとも今迄の俺を取り巻く人間とは違う様な気がした





名を真田左衛門佐幸村と聞いた





秀吉のお気に入りだったそいつは何時も何処でも傍にいた

俺では無く秀吉に、だが

俺達を眺める眼差しは飽く迄優しかった

正直槍の腕なんか皆無の美小姓なんじゃ無いのか、と疑う位振りまく空気は穏やかだった



幸村「危険では無い人物に対して殺気走って失礼に当りますでしょうから。」



不思議に思って一度聞いたら迷い無くそう答えた

確かに秀吉に敵対する意味も利点も無いし、それを汲んで信用してくれるのは有り難い

しかし自分の持つ牙を侮られた様な気もして憮然としてしまう



幸村「貴方の眼を見れば信用出来ますよ。」



俺の心情に気付いたのかそいつは真直ぐ見据えた視線で言った

確か年下のそいつに諭された様なあやされた様な物言いに苦くて痒い気分に落ちる

そんな調子で日々関わり合うにつれ、そいつは俺の中で少しづつ存在感を大きくしていった

そしてそれをすんなり認められる程俺もそいつが気に入っていた

認識はある日突然変化する

小牧長久手での戦に加担した時だ



慶次「あんたも幸村の事知ってるのか!?」



以前から知ってる慶次と道中に出くわし、共に向かっていた時聞かれた

長篠の合戦での初見で、一目惚れ、したそうだ

奴の言う意味を訝しく勘繰り、かと言って問い立て辛い為黙って聞いていた



慶次「あんな男っ振りの良い奴はそういねぇぜ。それに槍の腕も見事だった、本当に立派な男だぜ…。」



正直首を捻ってしまった

俺の知ってる幸村と慶次の言う偉丈夫と全く結び付かなかったからだ






到着したのは戦の勢いが半ばを過ぎた頃

本陣の秀吉の傍に幸村は見えない事に直ぐ気付いた

先に小牧へ向かったと聞き、本陣は慶次に任せてさっさと移動したのは

矢張り敗走してないか心配だったから








他人は知らないが俺の眼は戦場で色を拾わない

足元の枯草

むき出しの黒土

曇った不透明な空





驚く程暗い色の肉塊





全て闇色と影色で覆われている





其の不毛な視界の中で

突如鮮やかな紅の焔が飛び込んできた





素直に驚いた

紅い鎧を纏い同色の槍を振るう幸村は

真っ黒な体液を身に被りながらも

怒りを露にした炎が踊り狂い飛び掛かる様な

鮮やかにしなやかに勇ましく戦場に立ち

俺が忘れていた色彩を一瞬に引き戻してくれた





この時に俺にとって幸村の存在価値は決定的な事となった

秀吉「頼む孫市!出来る限りの手配はするみゃあ、真田の力になってくれんか。」



最近多忙極まりない、かつての親友から突如連絡が来たかと思えば

お忍びでやって来た太閤関白殿は目前で土下座しだした

流石の俺もぶったまげて慌てて部屋を締め切った程で

幾ら親友と言えど天下人がやっていい事じゃない



秀吉「左衛門佐を徳川の下らん威光の餌食にさせたくもないんじゃ。じゃがなぁ、今わしが兵達を立たせれば戦火は大袈裟に拡大する、やっと納まりつつある混乱をわし自身が乱す訳にはいかんのさぁ。」



徳川が北条とつるんで上田に侵攻しているのは知っていたが、秀吉の僅かに青冷めた表情に事態を重く見た



秀吉「都合いい事言っとるのは重々承知じゃ、だがおみゃあにしか頼めないんさ。いや、寧ろ孫市に助けて欲しいだぎゃ!」



久方振りに会う親友の必死な懇願に、気恥ずかしさと多少の暖かさが込み上げてきた

こいつは本当に人間が好きだという本質が変わっていなかった事と

本当に幸村は大切にされているのが分かったのが俺は心底嬉しかった










幸村「ま…っ孫市殿!?」



上田城の裏庭に居た幸村の腕を引っ掴み茂みへ引きずり込む

仰天している幸村の眼は大きく見開き、その顔が面白くて声を殺しつつ笑ってしまった



幸村「何て格好してるんですか!?」



質問御尤

何時もの皮の羽織では無く真田足軽兵の具足を身に付けているから

そりゃ変に思うだろう

どうしてこんな色男三割引な格好かと言えば、

まぁ、幸村子飼いのお嬢ちゃんのせ…いや、お陰な訳で



幸村「何故こんな馬鹿なこ…。」



言い掛けた幸村の口を押さえる

秀吉に頼まれたのもあるが



孫市「助けに来たのさ。個人的にな。アンタならこの気持ち分かると思うがね。」



人一倍他人に優しい幸村なら


案の定への字眉で困った顔をなって


孫市「あのな、銃を持った猟師は狸を狩るのが仕事なの。で、狸は狩られるのが至極全うなの。分かる?」




幸村の口を押さえた壗軽口を叩く

一瞬呆れた表情を表したが直ぐ破顔した



孫市「あんたの為だと思わなくて良いんだ。俺の気紛れに付き合ってくれないか?」



幸村に余計な気遣いをして欲しく無かったのと、自分の捻くれ者たる所以の照れ隠しで声が軽くなる

困った様に笑い乍ら幸村は頷いた

俺はこいつの笑顔が本当に好きだ

きっと秀吉もこれが気に入ってるんだろう



















きっと目前のこいつも気に入ってる一人だろう

俺の構える銃口を真直ぐ見つめる眼差しは矢張りそっくりだ



信之「そこを退かなければ、幸村の友人と言えど…斬るしかない。」
孫市「俺は男の懇願は聞かない主義なんだ。」



二、三度会った事がある幸村の兄

徳川方に居るのは知っていたが、この場ではち合うとは思わなかった

幸村を戸石城迄援護し仕掛を作動させた後、幸村だけ先に城へ戻した

徳川の兵が逆から迫っている事を察知したからだ

俺が足止めに残ってみりゃ…



信之「身勝手な頼みだが、引いてくれ。」
孫市「冗談止しな。」



何とも言えない皮肉な運命

信之の悲痛な声につい苦笑した

大の大人が自分の選択肢に苦悩して、人に引けとは反吐が出そうな程御都合主義だと



孫市「甘い事言ってんじゃ無ぇよ。一人で辛いって顔しやがって、それなら何故幸…真田を選ばなかった!?」



つい名前を言うのは止めた

信之がどういう経緯で、どんな気持ちで徳川方に行ったのか

幸村から良く聞いていたし、理屈は分かるからだ

それでも感情が許せないのが俺の悪い所



信之「…源二郎は無事か?」
孫市「あぁ、元気に戦場を走り回ってるさ。俺のお陰でな。」



暫しの沈黙の後に信之は静かに問うた

真直ぐな瞳に対して俺も真っ向から睨み付ける

飽く迄敵として

眉間に当てられる銃口等無い物の様に信之は微動だにしなかった



信之「お主は豊臣…いや、源二郎を選んだのだな。」


余りに真摯な瞳に俺は嫌気がさした

こいつは自分の判断に覚悟を決めている

更に俺が雑賀だと気付いた上で問うていやがる

立派に大人をやってるくせにとことん甘い

嫌になる程そっくりだ



信之「選んでしまった私にしてやれる事等…もう殆ど無いだろう。」



信之が一歩下がる



信之「お主が源二郎を選んだのなら…どうか、どうか弟を…頼む。」
孫市「言われなくても。」



俯いた壗の絞り出す様な声に俺は間髪入れずに答える

同情する気は全く無かった

あいつの引き際は見事だった

あの後調度良く狼煙が上がり徳川の撤退を知る事になる

元々引くつもりであったにしろ、この事態に合わせる様に…

信じちゃいない神仏の作為を感じたりもした









その後幸村が九度山へ流された事を聞いた時

あいつはこうなる事をわかって言っていたのかと思えて薄ら寒くなった










幸村「何故貴方々は、私にこんなにも良くして下さるのですか?」



俺と慶次は(連れ添って来てる訳じゃないが)ちょくちょく九度山へ押し掛ける

手土産を持って、それこそ隣近所を尋ねるが如く



幸村「余り私に関わっておられると、何時かどんなお咎めを受けられるか…。」
慶次「んだよ、そんな事気にすんな。俺達が好きでやってんだから、な。」



慶次は俺が言う前に言い切った

同じ事を言うつもりだっただけに密かに悔しい



慶次「俺達があんたに会いたくて勝手に来てるだけなんだぜ。」
幸村「しかし…。」
孫市「慶次の言う通りだぜ、あんたは素直に暇潰し出来るって喜んでりゃいーさ。」



多分こう迄言っても遠慮するだろう

判で押した様に困った笑顔を浮かべる



慶次「俺達はあんたが好きなんだよ。そこん所素直に受け取って貰いたいんだがねぇ。」
孫市「以下同文。」



困った顔から照れた笑顔へ変化する

もっともっとこいつの笑顔が見たい

慶次も同じ気持ちなんだろうか?

だとしたら結構腹立たしい

自分の独占欲を持て余し乍日々を過ごしていたある日

一つの報が事態を急転させた



幸村「…わざわざ御足労、有り難く…存じます。」



俯いた壗ぼそぼそと話す幸村が痛ましかった



幸村「何分、蟄居の身故…対した葬儀も出来ず…昨夜、火…。」
孫市「喋らなくていい!」


幸村の言葉を遮り肩を掴むが、首は力無く項垂れた壗で

幸村にとって父親を失ったのは相当な痛手だったらしい

前髪に隠れて表情が分からないのに、紅潮した頬に明らかな涙の跡が伺える

正直見ていて辛い



孫市「あの、何かやれる事が有るなら言ってくれ。一先ず休みな、な。」



俺の言葉に幸村は首を左右に振るばかり

生気を感じない幸村をつい抱き締めた

身じろぎ一つせず腕の中で蹲る幸村は人形の様で



孫市「直ぐに…元気が出る訳無い…よな。泣いていいから、気が済む迄全部吐いちまえ、な。」
幸村「……いいえ………でも…。」
孫市「いいから!」



僅かに感じた幸村の抵抗を背中を抱えて封じる

顔を上げて見えた赤い瞳が堪らなく切なくて

思わず唇を押し付けた



幸村「ま、ごいち…殿?」孫市「あんたのそんな顔見たくないんだ。あんたが元気になるなら何だってしてやりたいんだ。頼む!俺に出来る事を教えてくれ!」



力を込めて抱き締めたその身体は強ばってはいない

幸村の髪の香を目一杯吸い込んだら益々切なくなった

俺の首元に少しずつ雫が落ちてくる

震えて縋り付く幸村を黙って一晩中しっかり抱き抱えた

こんな事しか出来ない自分が腑甲斐無く思えた
翌日直ぐに慶次も駆け付けた

俺は浅野縁の者から直接聞いたが、慶次は自力でだろう

大した早耳だと至極感心する

幸村はと言えば、昨夜と違い嘘の様に落ち着いて慶次と話していた

二人が話しているのを遠巻きに見ながら、ほんの僅かに優越感を感じた

幸村が座を外した時無言で後頭部をひっぱたかれたから、多分慶次も同じ心情だったんだろう








だからこそ、許せなかった







孫市「冗談だろ?」
慶次「いや、残念だが冗談じゃない。」



疲労を顔に浮かべた幸村を先に寝付かせた後、暫らく二人で呑んでいて



孫市「どういうつもりだ!今や上杉と言えば…。」



東方の…つまり徳川の配下武将、言わせて貰えば飼い犬

そこに慶次は行くと言いだした



孫市「何好き好んで狸の仲間になるんだよ!」



以前が俺達は狸が気に入らなかったし、何より今の幸村の状況だって…



慶次「狸は関係無い、俺は上杉に惚れて行くんだ。」
孫市「ふざけんな!!」



咄嗟に徳利を逆手に慶次の横っ面をぶん殴った

がちゃんと派手な音を立てて徳利が砕ける

少々意表を突かれたらしく、慶次は酒を滴らせて目を白黒させていた



孫市「お前…幸村がどんな気持ちで!!」
慶次「…知ってる。だが、今はあんたが居る。」
孫市「はあ!?」
慶次「俺だってあんたの内心は気付いてるさ。だからこそ安心して行けるのさ。」



何を言ってるんだ?

慶次「俺は身勝手だからな…もうあんたにしか頼めねぇ、幸村の力になってやってくれ。この通りだ!」



なぁ、何言ってるんだよ?

あんた迄

そんな事言うのか?



慶次「俺は…本当に、身勝手なんだよ。孫市、あんたなら…。」
孫市「マジでふざけんなよ!!どいつもこいつも勝手ばっかり言いやがって!あいつを一体何だと思って…。」
幸村「何事ですか!?」



慶次の胸ぐらを掴んでがなり立てている所に幸村が飛び込んできた

しがみ付いてきた幸村の腕は多少やつれて痛々しい

だから尚更目前の慶次が忌々しい



幸村「慶次殿、頬が切れてますよ!?何故騒いでいるのですか!!」



幸村は困惑と僅かな怒りを込めた眼差しを向ける

やっぱりあんたは慶次を庇いたいんだろうか?



慶次「…ごめんな幸村。俺は、結局小心者なんだ。」
幸村「慶次殿?」
孫市「ああその通りだ!あんたも他の奴らと同じだ、短気な卑怯者だぜ!!」



慶次の傍にいた幸村を引き剥がして抱き寄せる

訳が分からない幸村は動転した儘俺等を見回すばかり

意味なんて分かる必要は無い



孫市「どいつもこいつも勝手言いやがって!そんなに幸村が厄介かよ!?」
慶次「あぁ厄介だね。」
幸村「!?」
慶次「自分を曲げて迄手に入れたくなる程惚れ込んじまう…そんな存在は相当な厄介者だせ。」



本当は慶次も苦渋の選択だったってのは薄々感付いてる

笑顔の瞳に切なさを覚えて

それでも選んだってんなら覚悟しろ

俺も覚悟を決めてやる

俺は何があっても幸村を離さん



慶次「じゃあな幸村。」
幸村「慶次殿…。」
孫市「触るな!あんたはもう敵だ。」



立ち去ろうとした慶次は幸村の髪に触れようとしたが俺が阻んだ

俺なりの覚悟を表したつもりだ

近く幸村を守る為に殺り合うだろうと…

幸村自身は予想外に落ち着いていた



幸村「慶次殿には、慶次殿の考えがあるのでしょう。」



状況把握より先に受け入れてしまっている



孫市「そんなんじゃねぇ。只薄情なだけだ!」
幸村「そんな言い方…何方にも都合があります。」
孫市「そんなにあいつを庇いたいのか?」



声を荒げた俺に幸村は些か驚いた様子だった



幸村「そんなつもりは無いですが、只人はそれぞれ色んな意味を持って生きておられるでしょう?」
孫市「まぁ、な。」
幸村「ですから選択肢は本人の自由です。孫市殿、だから貴方も…。」
孫市「幸村。」



幸村の言葉を遮り強く抱き締める

こいつは凄い奴だ

多分自分に関わる人間の気持ちを、全て汲んで受け入れてきたんだろう



孫市「俺はあんたを守るぞ。」
幸村「孫市殿、私に気遣わないで下さい。」
孫市「あんたの為じゃない。俺は俺の為にあんたを守る!あんたを俺の為に生かしておきたい。」
幸村「此れまた、身勝手な事を…。」



きつい言葉とは裏腹に幸村は微笑んだ

その笑顔は今俺の腕の中

今はそれが嬉しい

柔らかな曲線を描く唇を軽く吸ってみる

抵抗は無く、意外な事に幸村から顎を進めてきた



幸村「困った方ですね。」
孫市「それが俺なんだ。」
幸村「ですが、無理は為さらないで下さいね。」



もう一度口付けを落としてみる

崩折れる幸村を追う様に唇を押し付けた



孫市「あんたが好きだ。それが俺が此処にいる理由だ。」
幸村「…有難う御座います。」



その日、初めて幸村と通じた気がした

覚悟決めた俺達の行動は早かった

先ず幸村を九度山から連れ出した

それは幸村の意志でもあった

が、しかし



孫市「何で選りに選って大阪なんかに…。」
幸村「だから言ったでしょう?無理為さらなぬ様にって。」



明け透けな言い方には明らかに吹っ切れた感情が表れる

清々しい笑顔を見せた幸村に苦笑した



幸村「帰りますか?」
孫市「何処へ?」



もう雑賀の村は無い



孫市「俺は幸村から離れない!」
幸村「呆れた方だ。」
孫市「俺が傍に居たいから居る、助けたいから助ける。だから…。」
幸村「孫市殿。」



俺の口を熱い掌が押さえた



幸村「私は…私の為に死ににいくのですよ?本当に良いのですか?」
孫市「しつこいなあんた。あんたは死なない!俺が死なせない!あんたが死ぬ気でも俺が殺させない!!俺が守る以上、あんたは死なない…分かったか?」



押し付けられる手を掴んで指を吸った

九度山を出る前から続けてきた問答

あんたを説得出来ると思ってない

俺も説得されるつもりは無い





死にに行く





重い言葉だ

でもその言葉を言ってくれたのが嬉しかった

あんたがそれを俺に言えた時に

心から笑ってくれる様になったのだから
















久し振りの戦場は相変わらず色彩を帯びていない

ならば俺の目的も容易い

唯一の極彩色だけを追えば良い

ぶっちゃけ勝敗の行方なんかどうでもいい

大事なのは如何にして幸村を納得させて

何時引き上げさせるかなんだ

こんな時に慶次だったらどうするかなんて

少々女々しい事を思いつく位俺はまいっているらしい

此れがきっと厄介たる所以なのだろうと、頭を掻き毟り乍考えた

何処からとも無く法螺貝の音が響き渡る




開戦だ!




俺は我武者羅に慶次を探した

幸村は真田丸から迎撃すると言っていた

暫らくはそこに居る筈だ

幸村程の腕なら其処いらの雑魚武将は大丈夫だろう

問題は慶次だ

真っ先に見つけて、あわ良くば先に仕掛けたい

幸村に会う前に

下らない悋気かもしれないが、生死を分かつ状況で確実な方法を選びたかった

居るかどうかも分からないが取り敢えずあの戦馬鹿の事

派手に騒いでる場所に行きゃ当たりそうだ

戦場から少し外れた茂みを走っていると、背後から気配を感じる

慶次か!?



くのいち「…孫っち。」
孫市「お嬢ちゃんか!」



幸村子飼いのお嬢ちゃんが申し訳無さそうな顔をして付いてくる



くのいち「あのね、あたし基本的に幸村様の命令に背く訳にはいかないのさ。」
孫市「?」
くのいち「…幸村様にね、孫っちを守れって言われてきたの。」
孫市「未だそんな事言ってやがんのかあいつは!?」
くのいち「んでもね。あたしそれ嫌なの。」



何か嫌な発言だったが深刻な顔のくのいちに口を挟めなかった



くのいち「あたしは幸村様に生きてて欲しいの。だから孫っちだけが頼りなの。でもそれじゃ命令違反なの。」
孫市「そうか。」



足を止めて振り向きざまにくのいちの額に銃口を押し付けた



孫市「なら帰んな。孫市様に銃で脅されましたってな。」
くのいち「!!」



途端に花が咲いた様な笑顔を向けた

現金なもんだが気持ちはよく分かる



くのいち「孫っち、有難う!」
孫市「どう致しまして。」
くのいち「でもそれ孫っちから伝えてくんないかな?命令に背いたからもう顔向け出来ないしさ。」
孫市「そう言うもんなのか?」
くのいち「そう言うもんなの。その代わり幸村様が楽出来る様に一杯武将倒しておくからってのも伝えておいて。」
孫市「…死ぬなよ。」
くのいち「当ー然!」



くのいちは一歩下がった

くのいち「一つ良い事教えたげる。慶次なら徳川本陣の東門から少し離れた上杉陣地にいるよ、未だ待機中。」
孫市「っ!?」
くのいち「孫っち、他でも無い幸村様にあんたは選ばれたんだからね。ちゃんと守ってくんなきゃ寝首欠きに行くからね。」



言うが早いがくのいちは木陰に消えた

今の台詞に何か引っ掛かった

頼まれた、から始まったけど

今は俺の意志で、あいつの存在が愛しくて此処に居るんだ

そして此処に居る事を享受されているのが幸村の精一杯の証なのだ

案外俺は鈍いらしい

この感情、本当に厄介だ









慶次「そろそろ来る頃だと思ってたぜ。」
孫市「陣地から大分離れた所に一人…怪し過ぎて呆れるぜ。」



林の奥に慶次は一人佇んでいた

慶次じゃなけりゃ、罠だと思うが



慶次「別にやりあう気はねぇよ。」
孫市「だろうな。」
慶次「幸村の性格からして、どんな状況でも本陣に突っ込んで来るんだろうな。」
孫市「そうだな。」



舞散る木の葉の中、慶次は淡々と話す



慶次「本陣の中なら任せな。あんたの代わりに守ってやるさ。」
孫市「ふん。」
慶次「だからあんたは死ぬなよ!絶対生きて幸村を迎えに来い、あんたが幸村の帰る場所なんだ。」



照れ臭くて鼻を擦った俺を慶次がこづいた

もしかしたら俺が一番幸村を分かって無かったのかもしれない



刹那

一際大きなどよめきが起こり、地鳴りが響く




兵士「紀州殿、裏切り!!」




慶次「動いたか!?」
孫市「やっぱり!?」



思わず顔を合わせる

考えが同じらしく俺達はつい笑ってしまった



孫市「あんたまさか、此れを見越して…?」
慶次「さぁな!」



ふと湧いた疑問を問うがはぐらかされた

結局どうでも良い事だが



慶次「じゃ、又な。」
孫市「頼んだぜ!」



俺達は拳を打ち付け合って逆方向に走り出した

あれ程慶次に対して持っていた怒りが嘘の様に無くなっていた

本陣前は大混戦で砂埃がひどく、視界は閉ざされている

進みたくとも奇声を発する肉塊に阻まれ難航する

灰色の空を黒い雨が舞散り

その中から必死に紅い焔を捜し出す

徳川の兵が欝陶しくて何人倒したかも分からなくなった




頼む、幸村

頼む、慶次

頼む、神様




俺が行く迄頑張っててくれ!!



本陣に入ると雑魚ばかりで

しかも徳川の兵は自軍の半数以下だった



兵「幸村様は単騎突入し道を開かれました」



其処いらの豊臣兵士をとっ捕まえて聞き出す

と言う事は大分先に行ってるのか!?

置き去りの馬を拝借して急ぎ走った

頼むから!

頼むから!!













先に進むにつれ静けさが増していく

辛うじて息をする肉塊が転がる道中

俺の目が色を拾ってくれない


慶次「孫市!!」



刹那耳をつんざく叫び

余り軽くない怪我を負った慶次が見えた



孫市「慶次!幸村!」



慌てて慶次の居る茂みへ飛び込むと



孫市「…幸村?」




俺の目が色を拾ってくれない




慶次は両腕に幸村とくのいちを抱えていて

気を失っているらしいくのいちはぼろぼろ為れど頬に赤みが差している

幸村は?

慶次に庇われる様に抱えられた幸村は

俺の目には闇色に映った



孫市「幸…村?」



鼻に手を当てる

命の鼓動を感じない

ちょっと待て

待ってくれ

待ってくれ!

目の前が闇に支配される

地震が起きたかの様に目前が歪む



孫市「冗談じゃねぇ!!!」



俺は力一杯拳を振り上げた



綺麗なあいつが見たい



笑顔のあいつが見たい



それだけが望みだったんだ








慶次「本当に無茶するねぇ、あんたは。」



俺は上杉領の慶次宅へ来ていた

幸村が今際の際迄家康を追い詰めたにも関わらず、西軍は敗北

はっきり言って阿呆らしい

そうなると俺は戦争犯罪人と為る訳で

慶次曰く『木を隠すには森の中』らしい

大胆過ぎて呆れた

助かったけど



慶次「あんた知っててやったのかい?」
孫市「いや、一か八かだった。」



呆れる慶次を尻目に部屋を出て、隣の部屋へ静かに入る



幸村「…孫市殿。」



身体中所か顔の半分迄治療を施された幸村が俺を見て微笑む

あの時何も考えずに幸村の心臓目がけて何度も拳を打ち付けた

以前異人の船乗りから聞いた蘇生方

良く考えたら深手を負っていたら意味が無かったのかもしれない

でも結果として心臓は動きだした

しかしその後が大変だった

重傷には変わり無い為一年立つ今も回復しきれていない

もう直ぐあの戦の時期が来る



孫市「薬飲もうな。」
幸村「はい孫市殿。」



歩ける迄回復したがまだまだ本調子には遠い

最早焔の槍を持つ事は叶わないだろう

それでも

今の幸村は美しい緋色に見える



幸村「お手数をかけます。」
孫市「良いんだ、幸村の為なら。」



照れた様な笑顔

また見られたのが嬉しい



孫市「生きててくれて良かった。」
幸村「貴方は呆れる程、しつこい方だ」



笑い乍毒を吐く幸村に苦笑する



孫市「そうさ、でなけりゃ死神からあんたを奪えなかったぜ。」
幸村「本当に…有難う御座います。」



やつれた顔の幸村でも生きて輝く笑顔は変わらない





やっと手に入れた焔の翼を持つ戦神は

今俺の腕の中で休息に入る







深夜水無月 のMile様からキリバン小説として頂きました!!
おおおおおお…!拙者鼻血と感動の涙で前が見えませぬああああああああああ…!!!!(汚過ぎる)
過保護で真田が好き過ぎる余り余裕の無い孫市が愛しいです本当もう有り難うございます!
ここここここに今丁度婚姻届があるから君達必要事項に記入して一緒に区役所行っといで…!
死にそうになる(読み手が)(萌え過ぎて)小説や素敵なイラストが沢山有るので皆さんこんなサイトに居る暇あるならこぞって行かれると良い…!
Mile様素敵過ぎる小説誠に有り難う御座いました!!
2006/8/17.